上野と御徒町を繋ぐ400mの商店街です。
上野御徒町中央通り会は、 JR上野駅前のマルイ上野店西側、
上野6丁目の中央を南北に貫いて春日通りに抜ける、
JR上野駅とJR御徒町駅を結ぶ400mの商店街です。
戦後、 近代化への脱皮に伴い、 それまでの旅館の並ぶ街から問屋商店 飲食店などが進出、
現在の商店街の形が整ってきました。
昭和37年に街路灯を整備し、南側は中央通り、
北側は上野駅前中央通りと呼称し、 相対して発展を競い合っていました。
京成百貨店の開店を機に二つの商店街を一本化して 「上野京成西口通り会」 と称し、
60年マルイ上野店出店に伴い
「上野御徒町中央通り会」
と改名しました。
現在は防犯カメラ設置、 防犯パトロールを行い安心してお買い物ができるための環境整備事業を進め、
明るく活気のある商店街づくりを目指しています。
アメ横に隣接し、 上野公園の文化施設、 動物園からも近くJR、
東京メトロ、都営地下鉄等アクセスも便利です。
上野にお越しの際は是非、
上野御徒町中央通り会でお買い物、 ご飲食をお楽しみ下さい。
レキシ
EDO
この通りの界隈には寛永寺の関係者とともに、江戸城や将軍の護衛を行う下級武士馬が数多く暮らしていました。馬には乗らず歩いて警護を行う御徒(徒士、かち)は御徒町の由来となっています。禄(現在の給与)だけでは家計をまかなえない徒歩たちは刀の鍔を作るなど手先の細かな内職をし生活を支えていました。

MEIJI
明治後半から大正にかけて、上野・御徒町界隈には寄席、見世物小屋が並び東京の一大歓楽街を形成しました。牛肉や天ぷら、おでんといった屋台、料理屋から射的、玉ころがしなどの娯楽ができるなど大変な賑わいを見せました。写真はほど近い下谷神社での祭礼の様子。今でも大祭の時には神輿がまちを渡御します。

SHOWA
戦後は旅館の並ぶまちから問屋商店、飲食店などが出店し、現在の商店街のかたちが整ってきました。宝飾品や時計といった精密な商品を扱うお店が多いのもかつて住んだ徒歩組たちの職人気質がまちに根強く残っています。

HEISEI
地域との連携が進み、毎年9月には東京藝術大学の学園祭時に、藝祭御輿がまちを練り歩くようになりました。サンバ隊も加わり巨大御輿が数百メートルにわたって盛大にパレードを行います。来街者が安心安全に楽しめるような、まちづくりに力を入れ、現代の徒歩組に相応しく夜間パトロールも行っています。


